あまりに長い間 傍らに居ると、
そういう対象として見るという選択肢が、
あり得ないこととして除外され、
すっぽり抜け落ちてしまうというのは よくある話で。
だって相手は、
自分の何もかもを犠牲にしてでもと
大事に大事にと見守ることで育てた、
ともすりゃ実の娘のようなもの。
そんな大切な存在なのだもの、
非の打ちどころのない伴侶を捕まえて、
晴れて花嫁衣装にその身を包む門出のときを、
見届けたいと思ってしまっても、
そこはしょうがないではないか。
1
華奢なその身を包んでいるのは、か細い肩や背、二の腕を強調するよな、濃色のシックでシンプルなワンピース。小さな白い手の甲を、半ばほどまで覆う袖の先にも、ガラスのはまったボタンや クリスタルのブローチなどという、いかにもな飾りっ気は一切なくて。ただ、その裾のところでは、随分と密なフリルが躍るペチコートが弾けんばかりに重ねられていて。スカートの裾がそれに押し上げられたか、アンティークスタンドの笠のように、四方八方へ跳ね上がりかかっているという。ゴスロリなんだか姫コスなんだか、ロマンチックなんだかキュートせくしぃなんだか。まったくもって判然としないが、いわゆる“萌え”には違いなかろう、そんないで立ちの少女らが。手に手にカラフルなエレキギターを抱えて、クールにポージングしている表紙には、
今、学祭は高校が熱い!
注目の ガールズバンド特集!
なんてな活字が躍っており、
「あら、それって。」
「あ、シチさん、おはようございますvv」
今しもカバンから引っ張り出したばかり、まだ中を開いてはなかったその手を止めて。赤毛に猫目の少女が、窓辺近くの席にて にこりと微笑む。制服はまだ夏のそれではあるけれど、いくら生地が薄手の木綿でも、いくらブラウス部分の袖丈が半分でも、大きな襟が胸元から肩から覆うセーラー服は、この厳しい残暑の中ではなかなかに暑い。だというに、さして汗もかかない涼しげなお顔で、先に来ていたお友達へと優雅に微笑む美少女は、格式高いこの女学園でも屈指の有名人にして、下級生たちから、憧れの対象としての敬愛を込めて“白百合のお姉様”と呼ばれておいでの二年生であり。
「ゆっこちゃんたちが取材されたっていう、ストリート雑誌ですよ。」
「やっぱりvv」
もう発売だったんだと、心当たりはあったらしく、さほどの驚きはない口ぶりの七郎次だが。
「でも、確か取材を受けたのって、
あのフェスティバルの準備中にだったんでしょう?」
だとしたら1週間しか経ってないのに、もう本になって出回ってるなんて手早いねぇと。1つ後ろの自分の席へ着きながら、妙なところへ感心したような口ぶりになっており。それへは、
「インタビューこそ先週の話ですが、
活動のあれこれは前以てチェックされてたらしいですし。」
ぱらぱらとグラビアっぽい誌面をめくりつつ、平八がそうと付け足してやり、
「それに、今時は原稿も写真も、
ネット経由でやり取りしてるんでしょうし、
本の印刷だって、
今時はデータ打ち出しって形で、
随分と手軽になってるって話ですからね。」
それってどこの同人誌ですか。いや、ですから今時はスポーツ新聞とか週刊誌とかは、おおむね そうなってるって話をですね…という説明を。ふと、思うところがあって途切らせた、こちらは上級生のお姉様がたから“ひなげしさん”と呼ばれて可愛がられておいでの、林田さんチの平八さんであり、
「何でシチさんが“同人誌”を御存知なのですか?」
すぐの傍らまで寄って来ていた七郎次が誌面を覗き込んで来たのへと、いかにも鹿爪らしく ちょいと眇めた目付きにて、声を低めて訊いたれば。訊かれた側はあっけらかんとしたもので。
「え? だって、従姉妹がお友達とサークル活動しているもの。」
「うあ、それってホントですか?
ジャンルは何ですか? まさかアニパロとかBLものとか? 先だってから少しでも大人向け描写があるものへは、本を出す方も買う方も身分証明が要るようになって大変で。あ、それともコスプレ主体の活動なさっているのでしょうか。近年、海外メディアからの取材もあったりして、なかなかに華やかな世界ですが、あんまりのめり込むと学業が二の次になりかねなくて…」
「……ヘイさんの方が詳しいじゃないよ。」
まったくだ。(笑) いつの間に取り出したのやら、素通しらしき黒ぶちメガネを掛けてまでという、お茶目な悪ノリへ。メッと窘めるようなお顔を向けたところへと、白い手が伸び、二人の間から雑誌を取り上げたお人が登場。黙っての行為と、こちらが全く気づかなかった不意打ちだったこととから、てっきりシスターが通りすがったかと早合点し、あわわ、こういうご本は持ち込み禁止でしたっけと、座っていた椅子から跳ね上がりかかった平八だったが、
「………久蔵、声くらい掛けてよ。」
やはりギョッとはしたらしい七郎次が、そんな自分だったことも可笑しかったか、吹き出しつつというお声掛けをしたお相手は。そんな彼女が嫋やかな白い百合ならば、こちらのお姉様は高貴な紅バラみたいだと。それほどに鋭角的でどこか苛烈な印象もする…割に、本人は極めつけに寡黙で寡欲なのだが。いろんな意味から意外性の人、三木さんチの久蔵お嬢様が、提げて来たカバンもそのままという片手にて、胸の前にて雑誌を広げ、皆様より一足お先にお目当てのページを閲覧中。
「……可愛い。」
何とはなく感動の薄い口調だが、わざわざ単語にしたほどの感動だと、こちらのお友達には十分届いたものだから、
「わ、わ、見せて見せてvv」
七郎次は久蔵の肩口にしがみつくようにして、平八も がたたと立ち上がって、同じページを覗き込む。
「わ、結構写真の数が多いですよ。」
「本当ですね。
彼女たちだけ、見開き丸ごと特集されてますし。」
自分たちが、という記事じゃあないし、ともすりゃ顔見知りとなったばかりにも等しい間柄。だというのに、馴れ馴れしい扱いをするのは、それこそ僭越なことかもしれないが。彼女らの地道な頑張りを知っているだけに、騒がれているからというよりも、こんな素晴らしい子たちがいたと、評価された上で注目されたのが、嬉しくてしょうがないお姉様がたなのであり。
「ご当人たちはもう見たのかなぁ。」
「こういうのは
雑誌社から直接送ってるもんじゃないの?」
じゃあ練習が手につかなくなってるとか?
う〜ん、どうでしょか。
…………あい。
あ、そっか。
あいちゃんとか ゆっこちゃんは、そういうの許さないタイプでしょうから。
そうそう。
練習中は集中しなさいって、雷落としてるよ、きっと。
目に浮かぶようだと、くすくす微笑った三人娘だったが、そんな苦笑に誘われたものか、予鈴の鐘の音がキンコンと鳴ったため。
「あわわ。久蔵殿、返してくださいませ。」
「ん。」
後でゆっくり見ましょうねと、肩を抱いたままだった七郎次から念を押され。ちょっぴり含羞みつつ、うんと頷いた紅バラさんだったが。
まさか、まさか。
こちらもまた相変わらずの彼女から、意外な爆弾発言をされようとは、
想いも拠らなかった 親友二人だったりするのであった。
あ、まだ余裕があるな。
では、思わせ振りに引かずに続けることとしましょうかvv
◇◇◇
始まったばかりの二学期は、夏休みの最初と終わりに華々しくもにぎやかな騒動があったり、それと比すればささやかなものだが、それでも いろんな筋へ御足労やらご尽力やらを掛けさせた、大規模鬼ごっこを堪能したり、と。とんでもない事態が色々あったことを、他のご学友の皆様へは微塵も悟らせぬままに進行中で。
久し振りにお逢いする白百合のお姉様のお綺麗なこと、
何だかますますと大人っぽくなられてない?とか。
紅バラ様、○○○シアターの公演で
コゼット皇女から感激のキスをいただいたのですってvvとか。
ひなげしちゃんたら、ちょっとだけ髪を切ってない?
そうそう、ますますのこと可憐になってvvとか。
本人たちは気にも留めていないような、とはいえ、外聞的にはいい評判だけが広まっている面白さ。
「コゼット皇女って、
あの、東欧からの来賓だった愛らしいお姫様ですよね。」
「…、…、…。(頷、頷、頷)」
それはさすがに覚えていたらしき三人であり、
「確か、打ち上げを兼ねたパーティーにもついて来て、
久蔵殿から離れなかったとか。」
「うあ、手なずけるのは相変わらずお得意ですよね。」
「〜〜〜?」
「子供は苦手? そうですか?」
「言葉を交わさずに懐かれているのでしょう?」
「……。(頷)」
「だったら、子犬とか仔猫みたいなもんじゃあないのでしょうか。」
そして、そんな久蔵殿と 言葉要らずで意志の疎通がかなってるお二人は、差し詰め…猛獣使いのお姉様とか?
「久蔵殿、あんなこと言ってますよ?」
「…………。」
判った判った、怖いから睨まないでくださいまし。……つか、そういう相性を言ってるんですけれど。(ううう) それはともかく。お昼休みと相成って、気分を変えてと、校庭の片隅まで出て来ての、スズカケの木陰に陣取りお弁当を広げている三人娘であり。いつまでも暑いですねぇなどと言いつつ、会話が弾みっ放しのお元気さは、さすが若さの賜物か。
「そうだ。18日からの3連休どうします?」
「そうそう、何か計画立てませんか?」
ウチも部活がないんですよねと、七郎次が言い出せば。
「でも、土曜か月曜は、勘兵衛さんとのデートに空けとかないと?」
平八が茶化すように言い立てて、もうもうと七郎次が綺麗な拳を振り回す、お決まりの展開になったところへ、
「…すまぬが、19日が。」
ぽそりと呟いたのが久蔵で。
「ありゃ、真ん中に御用ですか。」
「もしかしてお彼岸関係ですか?」
「そっか真っ只中でもありますし、しょうがないですね。」
だったら、その前後のどっちかに集まりませんか…と、七郎次が提案したのへ。ミートボールを逆手握りのフォークで突き刺しつつという、微妙にお行儀の悪いことをしつつも、うんと頷いた紅バラ様であり。これは特に機嫌が悪くてという態度じゃないと、重々承知のお友達二人ではあるものの、
「あれあれ、ソースが垂れますよ。」
七郎次がティッシュを取り出し、口許へ添えてやり。いつも通りに世話を焼くのへ…
「……久蔵殿?」
小さくではあったが溜息をついた紅バラさんだったのへ、あれれ?と、あとの二人が顔を見合わせる。
お弁当に嫌いなものでも入ってますか? 「…。(否)」
子供扱いされるのはお嫌でしたか? 「…。(否)」
じゃあ、19日の御用が憂鬱なのですか?
「………………………。(頷)」
再び溜息をついた久蔵へ、おおうと七郎次と平八が肩をすぼめる。だって、彼女は家族想いの優しい子だと知っているから。ずっとずっと小さかったころ、お爺様のお仕事がバブルに翻弄されたの支えるためにと、そりゃあ忙しかったご両親からあまり構ってもらえなかったのも、仕方のないことと黙って受け入れたしっかり者で。ちょっぴりコミュニケーションを取るのがお下手なの、どう考えたって会話の少ない家庭だったからでもあろうに、拗ねることもないまま、真っ直ぐ育った強い子で。なので、時々セレブなご一家という格好での取材や何やを受けるときも、それは楚々とした御令嬢だというお顔で完璧に振る舞うし。バレエの方面で期待の新星などと騒がれても、お稽古の一環ですからと、決して驕らない。自分の行動で両親が困らないようにというセーブ、無意識下でもこなせるような、そんな判断がいつもいつも一番最初に働いて来た彼女であり。
そんなだったのが……
思い出したとある記憶が切っ掛けで、周囲の霧が晴れたような気がすると、いつだったかこそりと言っていた久蔵でもあって。家族想いなところは変わらぬままながら、されど…親御とはいえ他人が先に来るのじゃない、そんな物の考え方も思い出したようなので。時折、後の二人さえ驚くような無体や突発をやらかしちゃあ、久蔵のどっちの“生”にも精通しておいでなだけに、事情も心情もよくよく判るお立場の、主治医のせんせえの顔つきが、ますます尖ってしまったりもしており。
「…って、一体どんな御用なんですよ。」
親御さんたちも、久蔵にはいろいろと寂しい想いをさせたと、深い思慮にて反省しておいでのようであり。お仕事が落ち着いた今、お仕事がらみのあれこれへも、出来れば引っ張り出さずの、無理強いはしないでいらしたはずで。だっていうのに、こうまで判りやすく憂鬱だとぼやくとは、並大抵の話じゃあないってことにならないか?
「……………。」
お弁当をつついていた手を止めてしまった紅バラさんへ、
「いやあの、言いたくないなら無理にとは…。」
こうまで打ちひしがれているとはと、いつにない空気の重さへ こちらも弱腰になったひなげしさんだったが、
「特に苦行という訳でもないのだがな。」
返事のつもりか、ぽつりと呟いた久蔵であり。思えば毎年恒例の運びなのだし…などと付け加えたので。
え? 去年もあったことですか?
だったら私たちにも覚えがあるんじゃあと、額を突き合わせた七郎次や平八の耳へ。それはしれっとした言いようでの、何とも信じがたい一言が届いたのであった。
「ただの“見合い”なのだしな。」
……………………………はぃい?
NEXT →
*出だしで既に、誰の話か もろバレという芸のなさです。(苦笑)
あ、そんなに深刻な話にはなりませんので、
肩の力を抜いて、お気楽にお付き合いくださいませvv

|